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当たり前が続くのは、当たり前か?

 昨日から、日本海側は大雪である。
 土曜日に、この春から大学に通う次男の住まいを決めるために金沢に行かねばならないのと、今月末に予定されているボーイスカウトのスキー合宿の下見のために、妻と次男を乗せて越後湯沢に戻ることになった。

 母の補聴器を買いに行ったり、色々用事があって、埼玉の家を発ったのは午後九時過ぎ。
 FMラジオの交通情報は、関越自動車道が湯沢から新潟中央まですべて大雪のために通行止めになっている、と繰り返し伝えていた。

 青森の方でも、地吹雪の中で百台以上の車が立ち往生し、十数時間動かなかった。というニュースが流れる中。車の中にスコップ、予備チェーン、毛布、ACコンバーター、予備ガソリン、パンなどの食料。2Lペットボトルの飲料数本。使い捨てカイロ、乾電池、ノーパソ、などの品物を積み込んだ。

 車はステップワゴンのフルタイム4WD。四輪スタッドレス装着済みであるが、スタッドレスでも動けなくなる場合を考慮して、チェーンも用意してある。

 なぜ、これほどまで準備をしているのかと言うと、長年の四駆乗りの習性と、そして五年ほど前の一月に、雪道で立ち往生に巻き込まれた経験があるからである。

 正月二日に越後湯沢から六日町のイオンに買い物に行き、その帰り道で、国道17号の塩沢と湯沢の間にある、登坂車線のある坂道で、トラックとバスが動けなくなり、そのまま大渋滞に巻き込まれたのだ。

 六日町から越後湯沢まで、通常なら45分ほどで着く距離を7時間以上かかったのである。

 ガソリンはどんどん減っていく、車は動かない。

 だが、私はこういうときのために、いつも、予備燃料タンクにガソリンを10リットルほど入れたものを持ち歩いている。

「備えよ、常に」である。

 道路は走れるのが当たり前である。誰も走れなくなったときのことを考えてはいない。
 だが、いつ、どんなときも、その「当たり前」が通用するとは限らない。

 越後湯沢のインターを降りるとき、目の前を、黄色い旋回灯を光らせた除雪車の車列が出発して行った。

 彼らはこれから雪に挑むのだ。
 朝まで、降り続く雪を、除雪し続けるのだ。

 道路を車が走る、という「当たり前」を守るために。


 当たり前が、当たり前でなくなった光景と言うのは、どこか、奇妙に見えるときがある。

 新潟の燕駅から、月潟を通って、新潟市内まで「新潟交通」という私鉄が通っていた。
 1999年4月に廃止されたあとも、数年間は、線路や駅の設備はそのまま残っていた。
haisen.jpg
 この写真は、廃止された新潟交通の木場駅の写真である。
 線路の上を列車が走る「当たり前」の光景はそのままなのに、かつて、踏み切りだった道路が、それはもう、当たり前でもなんでもないんだよ。と教えてくれている。

 当たり前のことは当たり前に続く。
 誰もがそれに疑問を持つことは無い。なぜならそれは当たり前のことなのだから。

 どこかの誰かが、その当たり前のことを続けるために、当たり前に努力している。
 当たり前の途中で、当たり前が終わらないために、努力している。

 それに感謝するのも、また、当たり前のことだと私は思うのだ。

 

 

 

 

 

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