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情報のタイムラグをイマジネーションで埋めるとオルガンがオルゴールになる話

 オルゴール、というものを御存知だと思う。
 木製の小さな箱に入っていてゼンマイ仕掛けの爪がついた円筒を回し、その爪で小さな鉄琴を弾いて音楽を奏でるアレである。

 英語ではミュージックボックスという、アレをオルゴールと呼ぶのは日本だけである。

 そもそも、オルゴールとはいったい何語なのか、というと、これはオランダ語であり、オランダ語の「オルゲル」が語源である。

 ところが、オランダ語の「オルゲル」とは、オルガンを意味する単語であり、ミュージックボックスを意味する単語ではない。

 では、なぜ、日本で、本来オルガンを意味する言葉が、ミュージックボックスに取って変わられたのか。
 
 答えは当時の蘭学者の勇み足にある。

 ここから先は私の想像だが。
 オランダからミュージックボックスが日本にやってきたとき、日本の蘭学者は、いわゆる事典のような本を開いて調べたに違いない。
 
 そしてその中に、箱のような絵と、そして音楽を奏でるもの、という説明が書かれたオルガンの項目を読んで。
「これは、オルゲルと呼ぶものにございます」と答えたのではないかと思う。

 確かに、音楽を奏でる木の箱であるから、説明は間違ってはいない。
 なんせ、当時の日本は鎖国中で、オルガンなど見たことも無いわけで、文献だけで調べるには限界があったのだろう。
 もしかしたr、その当時の蘭学者が使っていた事典には、ミュージックボックスの項目が無かったのかもしれない。

 とにかく、日本に入ってきたミュージックボックスは、「オルゲル」と呼ばれるようになり、それが「オルゴール」に変わって行ったのではないだろうか。

 その後、本物のオルガンが入ってきて、アレはオルゲルではないのだ。と気がついたときには、もうすでに日本人の間で「オルゴール」が固有名詞として広まってしまっていた。

 だから日本では、アレは今でも「オルゴール」と呼ばれ続けているわけである。

 
 これと同じようなものに「カツ丼」がある。
 今ではどこでも出される「ソースカツ丼」であるが、北陸、福井、山梨県甲府市あたりでは、カツ丼と言えば、ソースカツ丼のことであり、同じように新潟や、群馬の一部ではそばつゆのような甘辛いタレにカツをくぐらせたものを、ご飯の上に乗せる「たれカツ丼」が「カツ丼」である。

 こういった地方では、タレで煮て玉子でとじた、いわゆる普通のカツ丼は「煮カツ丼」とか「卵カツ丼」と呼ばれている。

 そもそも、カツ丼が始まったのは諸説あるが、大正時代、東京の早稲田からだと言う説が有力である。

 トンカツ自体はそれより前から、いわゆる「洋食」の代表的メニューとして日本中の洋食屋に広がっており、日本中どこでも同じような調理方法で作られ、キャベツを添えてソースを掛けて食されていた。

 大正時代、まだ日本には、いや世界のどこにもテレビは無い。写真は高価なものだったし、雑誌や新聞も貴重なマスメディアの一つで、今のように日本中でほぼ同時に出来事が知られる、ということは無かった。

 そんな時代に「東京でカツ丼というトンカツを使った新しいメニューが始まったらしい」「どうやら人気メニューのようだ」というウワサが立ったわけである。

 今のように、評判になるのと同時にテレビが取材に来て、情報と同時に映像が伝わる、などということが無い時代である。

 「カツ丼」という言葉と「天丼のように、カツをご飯の上に乗せたものらしい」という情報だけが伝わってきた地方の食堂では、店主が、その、まだ見ぬ「カツ丼」というシロモノを、一生懸命想像したにちがいない。

 ある店主は「トンカツをご飯の上に乗せたというのだから、この洋食のトンカツをそのままご飯の上に乗せるのだろう」と考えて、丼のご飯の上に千切りキャベツを敷き、その上にトンカツを乗せ、ソースを掛けた。「ソースカツ丼」の始まりである。

 ある店主は「天丼のようなもの、という話だから、天ぷらの代わりにトンカツを天つゆにくぐらせて、そのままご飯の上に乗せるのだろう」と考えた。「たれカツ丼」の始まりである。

 「カツ丼」という言葉だけが先に伝わったことにより、日本各地に、さまざまな「カツ丼」が誕生したわけである。

 現代のような、ネットやテレビが発達した時代では考えられない情報のタイムラグがあった時代。そのタイムラグを埋めたのは、人間の想像力だったのである。

 
 

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